僕のリアリティー

2009.鱒の森no1掲載

父さんお前くらいのときにな、美笛の溜まりにでっかいアメマスいてなぁ…。ミミズ流しても、イタドリ流しても、
カワムシ流しても食わないの。「父さんあのアメマス釣れない」って、じいちゃんに言ったら、「チョッと待ってろ」って
道路の方さ上がって行ってな…こうやって手の中になんか包んで、戻ってきたらイナゴよ。
じいちゃん、それハリに掛けて沈まないようにスッて流したら一発!今まで底の方で、こうやって尾っぽだけ動かして
たのに、ブワッと浮いてきて。…あれには父さんびっくりしたわ。これが僕が小学3年の頃、初めて父から聞いた祖父の
バッタの釣りだ。いまだに川釣りの話になると必ずといっていいほど聞かされる話で、子供だった当時の父にとっては
それくらい強烈な出来事だったんだろう。

祖父が父に。そして父が僕に伝えたバッタの釣りを、僕は大好きなルアーでやっている。本当は疑似餌で水面を漂う
虫をリアルに表現するなら、フライフィッシングやテンカラが理想的だ。虫の重量とほとんど変わらないドライフライなんかは、
表面に空気を抱きながら水の上に乗っかって、川の流れと同じスピードで流れてくれる。
それに比べるとルアーの重量はかなり重い。最高に浮いた状態でも、体を半分だけ水面から出す程度が限界だ。
コーティングされたボディーでは、その表面に抱くことのできる空気の量もたかが知れているし、水に浮くことはできて
も、水に乗ることはできない。何年も前に、プールに行ったついでに、水中からルアーとフライ両者の浮き方の違いを見比べて
みたこともあったが、その差は一目瞭然。トリプルフックをアンカーのように吊り下げているバッタルアーの横で、ウレタンフォー
ム製の大きなカメムシフライは、近くに浮いていたアブの死骸と大した差もなく、ボディーの下に空気の薄い膜を作りながら水の
上に乗っていた。この感覚をちょっと大げさに表現すると、卓球の玉とテニスボールくらいの差だろう。

もし、この2つを川や湖に投げ込むと明らかな差が生じるだろう。軽い方は水面のザワツキに上手に乗りながら、浮いたま
ま流れに逆らうことなく「スッ」と流下していくけれど、重い方のルアーはチョッとした水面のザワツキでも浮き沈みが大きくな
って、どうしても「どんぶらこ~」状態になってしまう。疑似餌を使って魚にエサである虫を意識させるには、ここが一番大切な
部分なんじゃないかな、と僕は思う。

そしてまた、確かに大切ではあるけれど、魚にとっては案外重要度が低いと思われるのが見た目のリアリティーだ。
フライでもルアーでも、人間が「すげぇリアルだ!」と思うものほど意外に魚には適用してなかったりするんじゃないだろうか。
フライフィッシングやテンカラをやり込んでいる人のボックスを見せてもらうと、見た目のリアルさにこだわったフライは入って
いないことが多いし、「必要ない」と言われることがほとんど。超精巧にタイイングしたバッタやカメムシ、大きな羽のついた見た
目のリアルなセミのフライよりも、スポンジとゴム紐で表現されたバッタや、タワシのような造型のセミフライの方が不思議と魚
達を魅了してしまうのだ。

しかし、それはなぜなのか。

僕が考えるに、きっと本物のエサの姿形に似せるほど、動きや流れ方などを含めたほんのわずかな違和感も水中で許されな
くなるのではないだろうか。見た目のリアルな疑似餌にはシビアな魚たちの視線が注がれる。それとは反対にある程度までは
曖昧な「遊び」の部分を持たせて、あえて「こんなもんだろう」というレベルで造型した疑似餌の方には、魚が餌を捕食するとき
の「まぁこんな感じだったな」という感覚に重なる何かがあるように思う。
きっとルアーにしてもフライにしても、アーティスティックなまでの精巧さは、あくまで釣り人の信頼度に関係するものだろう。
例えばたしかにミノーにはリアルなミノーが存在する。流れを横切るレイチューンやチップミノーは僕にとっていつもリアルだ。
しかし、その「リアル」とは、僕にとっては「本物の小魚」といった意味じゃない。僕の考えるリアルミノーとは、ビルダーの執念や
努力が織り込まれた「本物のミノー」という意味。

魚にとってはデフォルメしてリアルさを欠いた「中途半端さ」こそが、実はエサを連想させるリアルな部分なのかもしれないと
僕は思う。特にルアーはただでさえ浮き方や流れ方が本物っぽくないから、精巧な作りにすればするほど、かえって魚の視点
から見ると怪しさが増大する。魚から見たリアルを追求するなら造型する際のサジ加減が大切だと思う。

そしてまたミノーでも虫ルアーでも、エサとしている小魚や昆虫を魚に意識させて騙し合いを挑むなら、ルアーは動かさない
ほうがいい。水面に落ちた虫は、ブリブリとアクションしないし、クロールもしない。

本物の小魚はウォブリングもしない。ダートもしない。

水中生活のために、水の抵抗を受けないように体のつくりが進化して、自らの運動で水中を進む魚類と、水の抵抗を利用して
動き、糸に引っ張られて水中を移動するルアーは全く異質のものなのだから、おそらくルアーで実際の魚の動きを再現するのは
不可能だろう。

だけど、いつかプラスチックや木材で作ったものを、僕は魚に本当のエサと思い込ませてみたいと思う。リアクションや威嚇行動
で食わせるのではなく、狡猾で賢く大型化した鱒を相手に、じっくりルアーを見せてやって、長い時間迷わせた挙句にそっと口を
使わせる…。自分勝手な屁理屈の塊。そんな隙だらけの中途半端な工作物が、きっと僕のリアリティー。