ヒールとベビーフェイス

2009.鱒の森No2掲載

 最近は八百長だの何だのって裁判になってみたり、大麻や暴行などダーティーなイメージばかりが目立つので、
僕の中ではすっかり興ざめしてしまった感のある大相撲。
ひと昔前は個性的な力士が多くて、それぞれの決め技も分かりやすく、右の上手を取った瞬間に「あぁ、もう決まっ
たな!」って…それだけで充分面白かった。

今でも、場所中に何度かチャンネルを合わせることもあるけど、なんだか最近は背格好も同じくらいの力士ばかりで、
勝ちにこだわるあまり「決まり手」もスッキリしないもんだから、見ていて爽快感がいまいち得られない。
これじゃ相撲ファンやスポンサーが離れていっても仕方ないかもしれない。

 僕が昔から好きなTV番組にWWEというアメリカのプロレス番組がある。ハッキリ言って子どもには見せられない
低俗な部分の多い番組なんだけど、これがバカバカしくて面白い。「プロレスはすべてシナリオどおりに進められる
エンターテイメント」と初めてカミングアウトしたこの団体は、悪役を「ヒール」、正義の味方を「ベビーフェイス」と分け、
さらにレスラー個々に細かなギミックが与えられている。

それぞれが個性的なフィニッシュブローを持ち合わせていて、それが決まれば試合終了。この戦隊モノや水戸黄門の
ような分かりやすさが、日頃のちょっとしたストレスを忘れさせてくれる。
 
この単純明快な爽快感はヒール役の演技力にすべてが懸かっていて、目の肥えたファンをも楽しませるような巧いレ
スラーは、スーパーヒールとしてファンの信頼も厚く、そんなヒール役のレスラーが、ある日突然仲間を裏切り、正義の
味方に変貌する「ベビーターン」のシナリオなんかに直面すると、その日の会場は割れんばかりの大歓声に包まれる。
バカバカしいけど爽快だ。
いっそのこと、相撲も国技や公益法人という肩書きを返上してしまい、ストーリーや役柄を決めてエンターテイメント化し
たほうが、意外に子供からお年寄りまで楽しめるんじゃないだろうか…。本気度を疑われるようであっては真剣勝負のス
ポーツは成り立たない。

 しかし最近、そんな僕にとっていまひとつ物足りない相撲界を、「白鵬」と「朝青龍」という2人の横綱が少しだけ面白く
している。同じモンゴル出身の2人は今、完全に「ヒール」と「ベビーフェイス」という対照的な立場にある。
 白鵬は、表情や感情をあまり表に出さず涼しい顔をしながら勝ち星を重ね、いつも紳士的なたたずまいを醸し出してい
るから、そんな彼のことは相撲ファンでなくても悪く言いう者はいない。

 だけど朝青龍は、チョットした行動が一部の日本人の琴線に触れるみたいで、いつもバッシングの嵐にあってしまう。
彼にとっては何のことない本能的な行動だったのかも知れないけれど、標的を見つけた一部の人間にはそのすべてが
面白くない。「態度が悪い」「表情が憎たらしい」「問題行動ばかり起こす」など散々な言われようだ。
必死に鍛錬し、勝ち星を重ねているところは両者とも何も変わらないのに、彼がたまに表に出してしまう、ありったけの
感情や子供っぽさばかりが、アンチファンにはどうも目についてしまうらしい…
でも僕はそんな人間臭い朝青龍が嫌いじゃない。

 ちょうど今、僕らが楽しませてもらっている自然界でも、これとよく似た状況に置かれた2種類の魚がいる。
北欧原産の「ブラウントラウト」と北米原産の「レインボートラウト」。言わずと知れた外国産のトラウトで、両者ともに釣りの
対象魚としてはサイズ・人気ともに横綱級だけど、両者の立場はまさに白鵬と朝青龍だ。
レインボートラウトは外国産でありながら比較的素行が良いという判断なのか悪い評価は聞こえてこない。白鵬のような
ベビーフェイス。ブラウントラウトは、その影響力が懸念され、よくも悪くも話題性には事欠かず、いつも進退問題などを
問われるあたりなんかは、朝青龍によく似ている…。
 
相撲や自然界は、プロレスのようにストーリーラインやギミックの存在しない真剣勝負の世界。2人の横綱と2種類の魚たちは、
遠い異国の地からやってきて、見ず知らずの土地の中で必死に努力し生き延びてきたという共通点を持っている。
どっちのヒールも、審議委員という一つまみの人間のさじ加減ひとつで運命が決まるというのは皮肉なものだ。
ベビーターンのシナリオが用意されることはあるのだろうか…。